学校紹介・沿革
市原 光敏Mitsutoshi Ichihara
九州朝日放送(株)アナウンス部を経て、現在
専門学校 東京声優・国際アカデミー理事長。
(財)社会通信教育協会理事、
(社)東京都専修学校各種学校協会評議委員、
(財)日本ファッション教育振興協会理事等歴任。
専門学校 東京声優・国際アカデミーでは、学生一人ひとりが夢に向かって成長していく過程を、学校が一丸となって応援しています。「どうしたら学生の夢がかなうのか。そのために何をしたらいいのか」をまず考え、そこから指導する内容を決めるのです。ですから、職員も講師も個々の学生に愛情を持って接しています。マンモス校にはない「アットホームな親近感」が本校の魅力といえるでしょう。
みなさんが入学してから卒業するまでの2年間は、夢に向かって本気で取り組む時期。努力が一番必要な時期です。たとえば、宇宙へ向けてロケットを打ち上げるとき、燃料を一番使うのは飛び立つ直前だそうです。声優を目指すみなさんにとっても、同じことがいえるのではないでしょうか。この2年間で、自分の持てる力をすべて出し切るぐらいの努力をしてほしいのです。そうした努力があればこそ、プロとして社会に出たときに、それ以上の力を出せるようになるのですから。
声優の仕事は、個性で勝負する仕事です。ただし、仕事は自分一人で成り立つものではありません。さまざまな人がかかわり合い、一つの作品が完成するのです。ですから、周りの人といかに協調できるかということも大切です。「次もこの人と仕事がしたい」と思われる人とはどういう人でしょうか。技術だけが優れていればよいわけではないのです。スペシャリストである以前に、まず一人の人間として魅力的であるか、ということが問われるのです。
おそらく、入学してからの2年間でみなさんは、いろいろな自分と向き合うことになるでしょう。そうした中で自分の短所にあらためて気づいたときこそが、飛躍するチャンスです。そのような場面で本気になれるか。夢に向かって前向きにがんばれるか……。夢をつかむのは、ほかのだれでもない、みなさん自身なのです。
学校沿革
1930 (昭和 5年) |
東京高等技芸学院設立 |
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1945 (昭和20年) |
市ヶ谷から恵比寿新校舎に移転 |
1955 (昭和30年) |
直系校180校余に達し、財団法人から学校法人へ |
1964 (昭和39年) |
校名を「東京服飾アカデミー」に改称 |
1970 (昭和45年) |
創立40周年を迎え、迎賓館で祝賀式を開く |
1974 (昭和49年) |
校舎を北欧風建物に改築 |
1976 (昭和51年) |
専修学校法の施行により、専門学校に昇格 |
1980 (昭和55年) |
創立50周年 東京プリンスホテルにて祝賀式を開く |
1990 (平成 2年) |
創立60周年を期して、校名を「東京ファッションアカデミー」に改称 モデル専攻科新設開講 |
1995 (平成 7年) |
創立65周年 恵比寿ガーデンプレイスにて祝賀式を開く |
1997 (平成 9年) |
校名を「専門学校 東京メディアアカデミー」に改称 声優・ボーカル科を新設開講 |
2000 (平成12年) |
創立70周年 恵比寿ガーデンプレイスにてファッションショー、ウェスティンホテルにて祝賀式を開く |
2005 (平成17年) |
創立75周年 |
2008 (平成20年) |
声優の育成に特化した単科の専門学校として声優・ボーカル科を声優養成科と改称 |
2012 (平成24年) |
校名を「専門学校 東京声優アカデミー」に改称 |
2021 (令和3年) |
校名を「専門学校 東京声優・国際アカデミー」に改称 |